旅館業法の改正~事業譲渡による承継制度の創設~
1.旅館業法
日本の観光政策を支える屋台骨の1つとして、ホテルや旅館といった宿泊施設が挙げられます。これらの宿泊施設は、その大半が旅館業法(昭和23年法律第138号)という法律に基づく許可を取得して、営業を行っています。その旅館業法について、令和5年に改正が行われました。
2.法改正のポイント 事業譲渡による許可承継制度の創設
旅館業の営業を譲渡する場合に、事前に都道府県知事または保健所設置自治体の長の承認を受けることで、営業者の地位を承継することができる制度が創設されました。
(1)旅館業の営業許可制度のおさらい
承継制度について触れる前に、まずは簡単に旅館業の営業許可制度についてのおさらいです。
一定の施設を設けて、宿泊料をもらい、人を宿泊させる営業は「旅館業」として営業開始前に許可を受ける必要があります。この旅館業の営業許可は、営業しようとする施設ごとに、施設の営業者が取得します。
言い換えると、旅館業の許可は「施設」に与えられるものではなく、「営業者の地位」に与えられるものとなります。
ですので、施設の構造設備に一切変更がなかったとしても、営業者が変わることで、新規の許可取得が必要となるケースがあります。
(2)従来からある承継制度(相続・合併・分割)
旅館業法では、今回の改正以前から、相続(個人)、合併・分割(法人)による旅館業の営業者の地位を承継することができる制度がありました。
相続による承継制度は、営業許可を取得していた個人が亡くなった場合に、その死後60日以内に相続人が申請を行い、許可権者の承認を受けることで営業者の地位を承継できるものです。
合併・分割による承継制度は、合併・分割により旅館業を承継する予定の法人(※原則)が、合併・分割の実施前に申請を行い、許可権者の承認を受けることで営業者の地位を承継できるものです。
どちらの制度も、承認を受けることで営業者の地位を承継することができます。
(3)従来の事業譲渡制度
改正前の旅館業法にも、事業譲渡に関する規定が置かれていました。
その内容としては、営業者が事業譲渡によって旅館業を譲渡した場合は、旅館業の譲受人がする新規の旅館業許可申請時に、従前から変更がない項目の一部について許可申請に必要な書類の一部を省略することができる、というものでした。
例えば、旅館業の申請では構造設備に関する図面が必要になりますが、構造設備に変更がない状態で事業譲渡を行う場合は、許可申請時に構造設備に関する図面の提出を省略することができる、というような制度でした。
(4)新たな事業譲渡による承継制度の創設
今回の法改正により、従来の事業譲渡制度は廃止されて、合併・分割と同様の承継制度が創設されました。束ね法案に含まれているすべての法律で、事業譲渡による承継制度が創設されています。
旅館業の事業譲渡による承継制度は、譲渡の実施前に申請を行い、許可権者の承認を受ける必要がある「事前承認制」です。
一方で、旅館業以外の他の法律の事業譲渡による承継制度は、譲渡が行われた後に譲渡による承継があったことを報告する「事後届出制」です。
合併・分割・事業譲渡の承継制度は、旅館業は事前承認制、束ね法案のその他の法律は事後届出制と覚えておくとよいでしょう。
(5)事業譲渡による承継制度のメリット
新たな事業譲渡による承継制度は、従来の事業譲渡制度と比較して、大きく3つのメリットがあります。
ⅰ)新規の許可取得が不要
事業譲渡による承継制度の枠組みは、合併・分割による承継制度と同じような枠組みとして整理されました。具体的には、譲渡の実施前に申請を行い、譲渡について事前に承認を受けることで、営業者の地位を承継するというものです。
許可ではなく承認を受ければよいとなっており、その手続についても、許可手続と比較して書類は簡略化されており、保健所職員による営業施設への検査実施もありません。行政手続の簡略化という点は、メリットの1つと言えます。
ⅱ)営業を止めずに承継することが可能
旅館業の承継制度は事前承認制となっているため、承継前の営業者が営業している間に行政手続を行い、承認の取得後に営業者の地位を承継することになります。
したがって、旅館業の許可自体は切れ目なく存続することになるので、営業を止めることなく承継することが可能です。
改正前の事業譲渡制度であっても、管轄の保健所との調整次第では旧許可の廃止と新許可の付与の日程次第で、実質的に切れ目なく営業すること自体は可能でしたが、事業活動の継続という観点からは、手順さえ守れば、営業実施地域にかかわらず、営業を止めることなく承継ができる新制度はメリットになります。
ⅲ)個人経営施設の親族外承継が容易に
個人の場合は合併・分割という概念が無いので、承継しようと思うと、許可を受けた個人が亡くなってから、しかも相続人にしか承継させることができませんでした。
事業譲渡であれば個人でも対象になるため、営業者の生前でも旅館業を承継させることが可能になりました。また、承継先は親族に限られないので、個人の事業承継が容易になった点は、メリットと言えます。
(6)承継制度の注意点
事業譲渡による承継制度は、繰り返しになりますが、事前承認制です。事前承認制ということは、譲渡をしてしまったあとでは承認を受けることができない、ということです。
承認を受ける前に譲渡してしまった場合は、新たに新規の許可申請を行う必要があるため、承継制度を活用したいと考える場合には、入念な段取りが必要となります。
この点、旅館業以外の束ね法案による承継制度の場合は事後届出制となります。事後届出制は、「譲渡した事実」を事後報告するもので、譲渡が行われたら所定の期間内に速やかに手続を実施すればよい点で、事前承認制度とは異なります。
(7)補足と応用
事業譲渡による承継制度について、補足と応用です。以下のようなケーススタディを考えてみたいと思います。
●個人経営の旅館(旅館業許可)
●別の場所から温泉源泉を利用して、日帰り温泉を実施(温泉利用許可・公衆浴場許可)
●食品の提供を行う(食品営業許可)
旅館業許可、温泉利用許可、公衆浴場許可、食品営業許可の承継制度について整理すると、以下のとおりです。
・旅館業許可 :事前承認制
・温泉利用許可:事業譲渡による承継制度無し
・公衆浴場許可:事後届出制
・食品営業許可:事後届出制
まず、温泉利用許可については温泉法という法律に基づいた許可ですが、温泉利用許可は相続・合併・分割の承継制度しか認められていないため、事業譲渡をする場合には、新たな温泉利用者が新規で許可を取得する必要があります。許可は事前申請が必要なので、譲渡による承継者は、旅館業の事前承認手続と併せて、準備をする必要があります。
この場合、温泉利用許可を切れ目なく引き継ぐことができるかどうかは各地域の所管行政機関の判断によるため、注意が必要です。
事業譲渡の承認を取得できれば、旅館業の営業者としての地位を承継させることが可能になります。
事業譲渡の日付は、基本的には譲渡契約書などの書面に記載された日付になります。事前承認の手続は、管轄行政機関での内部審査が行われ、処理には一定の期間が必要なため、旅館業の事業譲渡による承継申請は、余裕をもって事業譲渡予定日の1か月~1か月半前には申請を済ませておくとよいでしょう。
公衆浴場許可と食品営業許可は事後届出制ですから、事業譲渡が行われた日以降に管轄する行政機関に対して事後の届出を行います。
あくまでも事実の報告となるので、書面上問題が無ければ、書類の提出とともに承継手続は完了です。
4.今後の展望とまとめ
(1)実際の制度運用には、自治体の条例整備が必要
旅館業法と関連する法令の改正によって、事業譲渡による承継制度が創設され、法令そのものは令和5年12月13日に施行されています。
しかしながら、旅館業に関する行政手続を執行するのは、各自治体です。旅館業法では、申請に必要な様式などは定めておらず、自治体の条例や規則で詳細を定める形式になっています。
ですので、実際に事業譲渡による承継制度が活用できるようになるためには、各自治体の条例・規則改正を待つ必要がある点には留意が必要です。
(2)旅館業のM&A市場の活性化
事業譲渡による承継制度が創設されたことにより、買い手としては、新規で旅館業許可を取得する場合と比べて許可取得(承継)のハードルが下がることから、旅館業施設の売買市場が活性化する可能性があります。
特に、日本国内の魅力的な観光資源や、為替レートといった要因から、外資系企業の参入が増えていくことが考えられます。
(3)まとめ
事業譲渡による承継制度の創設に伴い、新たに許可を取得するという場面はこれまでに比べて減少するかもしれません。
しかしながら、旅館やホテルでは、ケーススタディでも見たように複数の許認可を付随して取得している場合もあります。各許認可によって手順や必要になる書類、手続、情報などは異なります。
事業の承継に対する法律上のハードルが下がったことで、これまで以上に承継市場が活性化する可能性があるということは、すでにお伝えしたとおりです。いくらハードルが下がったとはいえ、段取りを間違えてしまうとスムーズな許可の承継をすることができず、営業を一時中断せざるを得なくなってしまうということも十分に考えられます。
許認可のかかわる事業承継は、事前の段取りが特に重要です。どの順番で誰がどのように動くのか、そうしたロードマップを正確に描くことが、スムーズな承継のカギになります。